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まちづくり×ひとづくりにおいて徹底的に必要なこと

2017/03/29 6:13
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まちづくり×ひとづくりにおいて徹底的に必要なこと

 昨今の地方創生においては、まちづくりとあわせてひとづくりが語られます。  町をかたちづくるのは人だからこそ、人を育てて行くことが重要であり、町民一人一人の意識の変化が大切であると。しかしそれを加速度的に生み出すための重要な視点が抜けているように感じます。そして私はそれが「チーム」であると考えます。 なぜチームが必要なのか?  人はどのような状態だと一番成長するのでしょうか。それはまず個人として立つことが大前提で大切でありますが、個人として立って個人がさらなる成長をしていくためには、立っているもの同士でチームをつくり、お互い要求しあうこと、共に生きること、コミュニケーションすることが大切になります。自分自身だけでも100%の力は引き出せるようになりますが、さらに120%、150%の自分を引き出すのは間違いなく同じ目的を目指す仲間です。本当に目指したい目的を達成するためにお互いが要求しあうことで、初めて自分の今まで以上の力を発揮することができるようになります。 自分の想定以上の成果が出るからこそ生まれる笑顔があります  またまちづくりにおいても一人で行うよりもチームで行う方がより大きく貢献できることは疑いようがありません。一人でできることには限界があります。同じ方向を目指す仲間が集い、チームとなって初めて出せる成果があります。 まちづくりとひとづくり、両方を行う上で大切になる「チーム」をどう作り込んで行くのかはとても重要な視点です。 人が育ち続け、町に対して大きな成果をだせるチームとはどのようなチームなのでしょうか。  対等であり、個性を大事にし、弱いところから目を逸らさないこと  一つは全員が全員、「対等である事」です。年齢や住んでいる場所、広田町との関わりの深さなどは優劣ではありません。それは当法人のメンバーだけでなく、地元の方も同じです。「より自分らしく豊かに生きる」ということに対して、誰もが対等であるのです。(当然行う事は違いますし、責任の範囲も違うのですが、それは役割が違うだけです。自分の人生においては誰もが等しく責任を負っています。)住民には「なんできているの?」とよくメンバーは聞かれます。そこで「何かお手伝いしにきました!」だけでは住民の方も心を開いてくれはしません。住民からしたら「支援される」という感覚になり、それだと気持ちよく付き合えないのです。メンバーは「私はこんなことが得たくて、知りたい、やりたくて、きています。私は自分自身の豊かさを求めてきています!」ということを伝えるのが大切です。そうすることで初めて地元の方とも「対等」になれ、しっかりした関係を築いていくことができます。そしてそういう個人と話し、接することで、町の人も何かを大学生メンバーから得ることができます。それを楽しみ、自分自身が変わっていくことを楽しめる住民が増えいきます。 対等な関係性の中で生まれる温かな空間があります  このような対等な関係の人は「個性を大切にできる人」へと成長していきます。人口減少社会で人が減るからこそ、一人一人の個性を輝かせたいと思う欲求は高まります。お金じゃないからこそ、様々な背景や思いを知れるような生き方をしたい人が増えていますので、そのような時代背景にもマッチしていきます。対等な関係で「個性を大切にできる」個人やチームになると、他者の人生や町の未来に対しても誠実になります。共に悩み、共に苦しみ、共に喜ぶことを大切にできるようになります。何事にも「逃げなくなる」のだと思います。この町の未来から目を逸らさない、その人の未来や人生から目を背けない、そういうチームになれます。  つまりそれは、変わり続ける事をよしとすること、変わらないものを大切にできること。 お互いの人生に泣くぐらい思いを注ぎ込めます  当法人が目指すのは時代にあわせて、変わり続ける人を作ることであり、変わり続ける町をつくることなのだろうと思います。一見「変わる」ということは怖いことに思えますが、決してそうではありません。自分や仲間が思い描く「最高な状態」にするために、「自分の行動をどうグレードアップさせていくか」「チームの状態をどうしていくか」「地元の人との関係をどうしていくか」ということであり、とてもワクワクするものなのです。変わり続ける人を増やしたいという思いと共に、もう一つ同じぐらい大切にしたいことがあります。それは「変わらないものを大切にできること」です。ある大学生のメンバーが言っていた言葉です。「『暮らしが充実する』って目の前のことにせまられることじゃなくて、人と人との繋がりを大切にできることや自然を愛することなのかもしれません。」私はそれを聞いて「大切なものを大切だと思い、大切にできること」が豊かな暮らしを形作る上ですごく大切なのだろうと思いました。  結局個人の問題なのだろうと思われてしまいそうですが、大事なのは個人個人がそういうスタンスや行動をすることではありますが、それを「チームとして行えるかどうかで町への成果も個人の成長も大きく大きく変わっていくのだ!」という真実を受け入れ、愚直に仲間と共に進めるのか、ということなのだろうと思います。 0

 町をかたちづくるのは人だからこそ、人を育てて行くことが重要であり、町民一人一人の意識の変化が大切であると。しかしそれを加速度的に生み出すための重要な視点が抜けているように感じます。そして私はそれが「チーム」であると考えます。

 人はどのような状態だと一番成長するのでしょうか。それはまず個人として立つことが大前提で大切でありますが、個人として立って個人がさらなる成長をしていくためには、立っているもの同士でチームをつくり、お互い要求しあうこと、共に生きること、コミュニケーションすることが大切になります。自分自身だけでも100%の力は引き出せるようになりますが、さらに120%、150%の自分を引き出すのは間違いなく同じ目的を目指す仲間です。本当に目指したい目的を達成するためにお互いが要求しあうことで、初めて自分の今まで以上の力を発揮することができるようになります。

 またまちづくりにおいても一人で行うよりもチームで行う方がより大きく貢献できることは疑いようがありません。一人でできることには限界があります。同じ方向を目指す仲間が集い、チームとなって初めて出せる成果があります。

 一つは全員が全員、「対等である事」です。年齢や住んでいる場所、広田町との関わりの深さなどは優劣ではありません。それは当法人のメンバーだけでなく、地元の方も同じです。「より自分らしく豊かに生きる」ということに対して、誰もが対等であるのです。(当然行う事は違いますし、責任の範囲も違うのですが、それは役割が違うだけです。自分の人生においては誰もが等しく責任を負っています。)住民には「なんできているの?」とよくメンバーは聞かれます。そこで「何かお手伝いしにきました!」だけでは住民の方も心を開いてくれはしません。住民からしたら「支援される」という感覚になり、それだと気持ちよく付き合えないのです。メンバーは「私はこんなことが得たくて、知りたい、やりたくて、きています。私は自分自身の豊かさを求めてきています!」ということを伝えるのが大切です。そうすることで初めて地元の方とも「対等」になれ、しっかりした関係を築いていくことができます。そしてそういう個人と話し、接することで、町の人も何かを大学生メンバーから得ることができます。それを楽しみ、自分自身が変わっていくことを楽しめる住民が増えいきます。

 このような対等な関係の人は「個性を大切にできる人」へと成長していきます。人口減少社会で人が減るからこそ、一人一人の個性を輝かせたいと思う欲求は高まります。お金じゃないからこそ、様々な背景や思いを知れるような生き方をしたい人が増えていますので、そのような時代背景にもマッチしていきます。対等な関係で「個性を大切にできる」個人やチームになると、他者の人生や町の未来に対しても誠実になります。共に悩み、共に苦しみ、共に喜ぶことを大切にできるようになります。何事にも「逃げなくなる」のだと思います。この町の未来から目を逸らさない、その人の未来や人生から目を背けない、そういうチームになれます。

 当法人が目指すのは時代にあわせて、変わり続ける人を作ることであり、変わり続ける町をつくることなのだろうと思います。一見「変わる」ということは怖いことに思えますが、決してそうではありません。自分や仲間が思い描く「最高な状態」にするために、「自分の行動をどうグレードアップさせていくか」「チームの状態をどうしていくか」「地元の人との関係をどうしていくか」ということであり、とてもワクワクするものなのです。変わり続ける人を増やしたいという思いと共に、もう一つ同じぐらい大切にしたいことがあります。それは「変わらないものを大切にできること」です。ある大学生のメンバーが言っていた言葉です。「『暮らしが充実する』って目の前のことにせまられることじゃなくて、人と人との繋がりを大切にできることや自然を愛することなのかもしれません。」私はそれを聞いて「大切なものを大切だと思い、大切にできること」が豊かな暮らしを形作る上ですごく大切なのだろうと思いました。

 結局個人の問題なのだろうと思われてしまいそうですが、大事なのは個人個人がそういうスタンスや行動をすることではありますが、それを「チームとして行えるかどうかで町への成果も個人の成長も大きく大きく変わっていくのだ!」という真実を受け入れ、愚直に仲間と共に進めるのか、ということなのだろうと思います。

出典: vpoint.jp

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