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「みんな違っていい」の誤解 100cmの視界から―あまはいくまはい―(29)

2018/07/24 4:00
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「みんな違っていい」の誤解 100cmの視界から―あまはいくまはい―(29)

私が小・中学校の9年間、養護施設(現特別支援学校)に通っていた時、毎年数回、普通学校との交流会がありました。自己紹介をして、ゲームをして、歌を歌って。障害者がいることを知ってもらう機会にはなりましたが、ある意味、見せ物にされた気持ちがしました。「お互いが対等に知り合って、仲良くなる」というよりも、障害を見てもらう時間だと感じたからです。

お膳立てされた交流会だけでは物足りなかったので、私は交流をしていたクラスに手紙を書きました。「もしよければ文通をしませんか?」と。すると10人くらいの友だちが手紙をくれ、手紙のやり取りだけでなく、電話をしたり、土日に会って遊んだりと、本当の友だちになることができました。

障害があるか、ないか、だけでなく、人は一人一人違います。それぞれに合った教育を同じ場所で受けたいのです。分けることでお互いの存在を知らないままだと、障害って大変そう、自分とは違う、怖い、と差別につながります。また、あまりにも違いを強調されると、ありのままの自分を大切にできなくなり、障害がなくても、他人と自分のささいな違いが苦しくなってしまいます。

19人の命が奪われた相模原障害者施設殺傷事件から、2年がたちます。日常で障害者と接点がない人は、自分には関係のない、外国で起きたような出来事だと思っていませんか。障害のある人が、学校でも、職場でも、スーパーでも、カフェでも一緒に過ごしていたら、この事件は起きなかったはずです。

出典: ryukyushimpo.jp

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