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コーグヮーシを調べてみた。→職人技にほれた。 「てみた。」28

2018/02/13 2:00
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コーグヮーシを調べてみた。→職人技にほれた。 「てみた。」28

だが、見た目のインパクトとは裏腹に子どもたち、いや大人からも今ひとつ支持が薄く、同じ供え菓子のレモンケーキやくんぺんの陰に隠れがち。何を材料にどうやって作っているのか、知らないことだらけだ。

落雁(らくがん)の一種であるコーグヮーシは、もち米などを蒸して乾燥させた粉(寒梅粉や落雁粉)と、砂糖や水あめをこねて型抜きして作る。原料の粉を作る工程で火を通しているので押し固め、乾燥させれば完成だ。

取材班は製造工程を見学しようと、那覇市安里にある外間製菓所の工場を訪ねた。法事用の菓子やちんすこう、パンも作る工場は、甘い香りが広がる。コーグヮーシ作りはまず、外間清主(せいしゅ)さん(57)が落雁粉(とうもろこしと米のでんぷん)と砂糖、水あめをミキサーでこね、口あたりをよくするため漉(こ)し器で漉す。一度に9キロの材料を扱うため、力仕事だ。

トントン、カッ-。清主さんの父親で創業者の清功さん(84)が、こねた材料を木枠の型に詰め、リズミカルに抜いていく。目の治療中のためサングラスを掛けているが、現役ばりばりの清功さん。型はタイや鶴亀、ハス、桃などさまざま。細かい模様を出すためにはしっかり押し固める必要があるが、固すぎると食べにくい。口のなかでほぐれる絶妙な固さにするのは、まさに職人技だ。

色付けは清主さん。食紅を泡盛で溶いたものをスプレーで吹き付ける。泡盛を使うのは、カビをつけないための工夫。親子のあうんの呼吸で、15分程度で全て完成した。とにかく早い。

清功さんは16歳から修行をし、数え二十歳で独立した。当初は蒸した米を乾燥させ、製粉もした。「終戦直後は、甘いものは何でも売れた。今は甘さ控えめの時代だけど、供える菓子、沖縄の伝統菓子は日々の暮らしに必要だ」と、毎日、菓子を作り続けている。出来たてのコーグヮーシをかじると、優しい甘さが口いっぱいに広がった。

コーグヮーシは琉球王朝時代から伝わる菓子のひとつ。鯛の形は正月、松竹梅と鶴亀は生年祝い、ハスと鯛のセットは盆と各行事に応じて多彩なコーグヮーシが用いられてきた。

1879年に記された王朝菓子の手引きというべき「与那城御殿御菓子并(ならびに)万例帳(よろずためしちょう)には、113種のお菓子の材料が記されており、その中に「コーグヮーシ」80粒の材料が「上白米壱升」「砂糖一斤」と出てくる。「コーグヮーシ」に似た菓子に「甑菓子(クシチーウクヮーシ)」があり、「コーグヮーシ」は型抜きをするが、「甑(こしき)菓子」は甑いっぱいに作り、24から36に切り分ける。この「甑菓子」が現在法事などに使われる「クシチー」の原型であるが、現在はコーグヮーシで作られている。

昔は天然の着色料が使われ、赤は正延紫、黄色はクチナシ、緑は葉っぱなどが使われた。現在は人口の着色料が使われ、全体を染めるのと、上から吹き付ける方法がある。

大きかったり、たくさんもらったりして食べきれないこともあるコーグヮーシ。那覇市内の料理教室「よんなーフード」で琉球料理や琉球菓子のレッスンを行っている嘉数かずみさんに、アレンジレシピを教えてもらった。

出典: ryukyushimpo.jp

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