ブログ:インドネシア地震、帰らぬ「最愛の人」を想う

2018/10/21 2:49

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[バラロア(インドネシア) 17日 ロイター] - 木の梁(はり)が、粉々に砕けたコンクリートのがれきの山からあり得ない角度で突き出している。辺りには壊れたオートバイや、つぶれた鍋やボロボロになったノート、ぬいぐるみなどの家庭用品が至るところに散乱している。

インドネシア中部のスラウェシ島中部パル市で果物を売るカハルディンさん(40)の自宅は、先月28日のマグニチュード(M)7.5の地震で、ピンク色をしたコンクリートのがれきの山と化した。

カハルディンさんは自宅のあった同市バラロア地区で、がれきの山をじっと見つめ、下には1歳の娘がまだいると語った。地震発生以降、いまだ多くの人が行方不明となっている。

カハルディンさんによると、地震発生から4日後、救助隊員が妻のハツティさんの遺体を発見した。4歳と2歳の娘2人を抱きかかえたままの状態だった。

約5000人が依然として泥の下にいる可能性があると、災害救助当局者はみている。地震発生から2週間が経過した12日、インドネシア政府は衛生上の問題を理由に生存者の捜索を打ち切った。住民は捜索を続行するよう訴えていた。

スラウェシ州の州都であるパル市は液状化現象の被害が最もひどかった地域の1つだ。地震の振動により、地盤が緩み液状になる現象が起き、多くの人や家屋が泥やアスファルトの下に引きずり込まれた。

地震から2週間後に初めてバラロア地区に戻ったというヘスティ・アンダヤニさん(27)は、子ども時代を過ごした家が元の位置よりはるか下に滑落したのを見てショックを受けたという。

地震で妹を失ったヘスティさんは、かつて2階の寝室の一部を飾っていたタイルの山に腰を下ろした。辺りには埃まみれの宝石や化粧品が散らばっている。

「私に残されたのは、化粧品やネックレス、ヒジャブを留めるピンだけ」と、泣きながら語った。ヒジャブとは、イスラム教徒の女性が頭に着用するスカーフのことだ。

約12キロ離れたペトボ地区に住むアメリヤさん(56)は、子ども3人と孫1人、そして義理の息子を失った。彼らの遺体が見つかる可能性が低いと彼女は分かっている。

「どうしたらいいか分からない。すべてを失った」と前出のカハルディンさんは語り、かつて自宅だったピンク色のコンクリートのがれきの下に眠る娘の遺体を捜し続けている。

出典: jp.reuters.com

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