【正論】現実直視したエネルギー論議を 双日総合研究所副所長・吉崎達彦:イザ!

2015/03/31 20:02

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 2015年度はアベノミクスが3年目となる。デフレからの脱却も視野に入り、多くの企業が賃上げに踏み切っている。石油価格の下落という追い風もあり、展望は明るいと言っていいだろう。

 そんな中で中長期の課題として浮上しているのが、エネルギー政策である。これから電力の小売り自由化や発送電分離などの改革を実施することで、ユーザーの選択肢が多様化し、異業種の参入も増えると期待されている。

 だが欧州の事例を見ると、自由化後にかえって電力料金が上がった例も少なくない。価格変動が増大すると、電力インフラへの投資が停滞する恐れもある。さらに発送電分離後は、組織間のコミュニケーションがうまく図れるのかという問題も生じよう。

 何より気になるのは、原子力発電所が停止し、電力会社の業績が悪化している中で、自由化を進めるという政策の組み合わせである。端的に言えば、1990年代の金融問題における政策の失敗を繰り返してしまうのではないかということだ。

 当時の政府は不良債権問題があることを承知しながら、金融自由化を推進した。しかるにその結果は金融不安の加速であり、貸し渋りによる不況の深刻化であった。筆者にはどうも「90年代の金融システム改革」と「2010年代のエネルギー政策」が重なってみえて仕方がないのである。

 90年代後半、橋本龍太郎内閣が掲げた「6大改革」のひとつに金融システム改革、通称「ビッグバン」があった。「フリー、フェア、グローバル」というスローガンの下、外為法の改正など一連の自由化を進める方針に対し、ほとんど異論は出なかった。

 しかし金融の実務に携わる人たちの間では「今のような状態で自由化を進めればとんでもないことになる」という声がもっぱらだった。97年秋には山一証券や北海道拓殖銀行が経営破綻し、状況が深刻であることは明らかであった。

 現場の声がなぜ国策に反映されなかったかといえば、当時は銀行が不祥事にまみれ、対外的な信頼を失っていたからだ。不良債権問題が持つダーティーなイメージも、まじめな議論から人々を遠ざけた。そして世論による「銀行叩(たた)き」の下で、理想論に走った政策が実行に移された。

 まるで今のエネルギー政策をめぐる状況とそっくりではないだろうか。実務家の多くは、このままでは電力の安定供給が脅かされかねず、自由化などとんでもないと思っている。ところが今は電力会社が悪者になっているので、そういう声はかき消されてしまう。他方、世間全体の受け止め方は「自由化した方が再生可能エネルギーの普及が進むらしい」くらいの曖昧な認識に留(とど)まっているようだ。

 ビッグバン後の日本経済では、時価会計などの新しい制度に移行するために、銀行のリスク許容度は極端に低下した。「あの会社は危ない」といった噂が飛び交うたびに市場心理は悪化し、企業行動は保守的になっていった。

 長期にわたる持続的な物価下落は98年から始まっている。通常、このことは97年春の消費増税による景気腰折れが主犯とされている。が、筆者はむしろ不良債権問題の方がより大きな原因だったと思う。当時は今のような人口減少が始まっていたわけではなく、デフレの発端は金融問題にあったとみるべきだろう。

 99年春に大手銀行に対する公的資金の投入が行われたことで、金融不安は一応の落ち着きを見せる。資本注入が必要であることは多くの専門家が理解していたのに、世論の反発を恐れる政府はなかなか決断できなかった。その間に、長銀や日債銀などが経営破綻に追い込まれた。今から思えば大きな犠牲を払ったものである。

 今日のエネルギー政策に当てはめれば、原発再稼働による電力会社の経営安定化が急務であることは分かっているのに、その議論を皆が避けていることに重なってみえる。再稼働には原子力規制委員会による安全審査を待たねばならないが、「電力叩き」が政策に盲点を作っている様子は「いつか来た道」ではないだろうか。

 エネルギー政策には長期的な見通しが必要である。なおかつ経済性、安定供給、環境保全、そして安全性といった諸条件を満たしていかなければならない。

 ところが2030年の「電源構成(ベストミックス)」の数値は示されないままである。いつまでも先送りは許されない。年末の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)では、20年以降の温暖化ガス排出量削減の枠組みを決定することになっている。遅くとも6月にドイツで行われるG7サミットまでには、日本も目標値を出さなければならない。

出典: iza.ne.jp

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